前世療法 福岡旅行3 終
だいぶ日が空きましたが……。
さて、福岡に日本一のヒプノセラピストの先生がいるとの噂を聞き、前世療法のために出向いた私ですが、今は、先生のお宅に伺って、三時間ほどお話をし、やっと前世療法が始まろうとしているところなわけで。
ちなみにこの前世療法というのは、先生が「あなたの前世は〇〇年に生きた〇〇で、こういう性格で~」と一方的に教えるタイプの占いっぽいものではなく、先生は「どんなものが見える?」「どんな感覚?」と質問してビジョンを誘導するだけで、具体的なことを話すのは自分というものである。もともとは精神医学において催眠状態に陥らせることで記憶を過去に戻し、トラウマの原因を探ったりするものであったが、ある日、とある患者の記憶が遡りすぎて、前世のことを話し出したことから、発展したものらしい。
なのでこれも、占いというよりは、保険の効かない精神科のカウンセリングみたいなもの。私は単純に自分の前世を知りたいという興味から足を運んだのだけど。
本棚の奥にあるリクライニングソファに寝転がり、眼を閉じる。先生が私の額に手を当て
「広ーい一本道があります。あなたはそこをまーっすぐ歩いていきます。光が差していてとても気持ちが良いです。今から、私の指から眠りのローションを注ぎます。すーっと深い眠りに落ちていきますよ。」
などと宣うので、しばらく眠りのローションという魔法にかけられてみようとするも、うーん、無理。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、先生は構わずどんどん進めていく。
「さて、あなたは今、過去世の扉の内側にいます。三つ数えると、扉が開いて、あなたは過去世の人となります。」
え、ちょっと待ってよ。まだ私全くかかってないのに。
「3,2,1、はい。」
もちろん、なんも変わらん。
「さて、あなたは今、過去世の人となりました。足の裏はどんな感覚ですか?」
普通に自分の靴なんだが。ネットで買ったオックスフォードシューズ。
「あの、まだ全然意識があるんですけど。」
「うん、意識はあって良いんですよ。そういうものですから。さあ、なんでもいいから言いたくなったものを言ってください。」
って言われてもなあ。じゃあ、前世は自分で作れってこと?
事前にYouTubeで見た動画では、何人もの芸能人たちが同じようにこの先生に催眠をかけられ、質問にスラスラ答えていたのに、やはりあれは全て芝居なんだろうか。
(佐藤藍子さん。彼女の前世はエジプトの王女だという。)
「さあ、なんとなーく言いたくなったものでいいですから。」
これは、私が何か言わないと進まないパターンだな。
仕方ない。せっかくここまで来たし、35000円プラス税を溝に捨てるわけにはいかない。そのうち見えるかもしれないから、とりあえずなんか言おう。私は林芙美子が好きなので、彼女の人生にイメージを求めた。
「足の裏の感覚は……。下駄を履いてます。」
「じゃあお着物なのかしら。あなたは男?女?何歳くらい?」
「女で15歳くらいです。」
とりあえず、始まった。まだ意識がありありで、全然催眠していないと思うんだけど、仕方ない。
「どこにいるの?」
芙美子の故郷である、広島、と答えようとした。が、何故か、違うような気がした。ん?そして、気づいた時にはこう答えていた。
「岡山か、香川か。今でいうその辺り。」
あれ?おかしい。自分の作り話なら、違うも何もないのに。すごく感覚的なものだった。
「どんな景色が見える?」
「山と穏やかな海。高い所から見下ろしている感じ。」
瀬戸内に共通の風景だからか、迷うことはなく即答した。
(こんな感じ)
その後、
「家の様子を教えて?」
と言われると、何故か、自分の住んでいる家の様子がパッと見えた。山腹にある白い壁の小さな貧しい家。小さな弟妹たちが遊んでいて、家の中では赤ん坊をおぶった若い痩せた母親が過労にやつれながらもなお家事と育児に勤しんでいる。
自分で考えて頑張って作り上げたイメージではなく、瞬時に浮かんできたので、ああこれが前世療法なのかな?と思ったりした。
「お名前は?」
うーん。リという音が浮かんでくる。そしてミという音やチという音も浮かんできた。
「リ、リエかな?理恵?」
「理恵さんね。ではそうお呼びしますね。」
そこからはもう早かった。
「三年歳をとって。」「今はどんなことを考えているのかな。」「何が楽しい?」
など先生の質問に勝手に答えていた。
私の場合、最初は無理に作り上げた感があったが、そのうち催眠の世界に入っていきかけた?いった?タイプなのだろう。
この前世療法の体験話をすると、だいたい「催眠にかかって前世を見ている時ってどんな感覚なの?」と訊いてくる。人それぞれだと思うが、私の場合は、すごーく浅い催眠状態だったようで、自分の意識もはっきりあり、自分の意思で催眠状態から抜け出せた。
前世がどのように見えたかについては、夢のように世界に入り込んで自分が主人公になっている感じではなく、テレビを見ているような感覚だった。テレビに前世のビジョンが映り、そのなかにはもちろん理恵も映っているのだが、それを今生きている私鏡子自身が眺めているような感じだった。
理恵の人生は、薄幸だった。私は中高生の頃よく「幸薄そう」と言われたのだが、前世にその所以があるのかと思うと、なんかすんなり合点がいった。
簡単に言うと、父の連れ子か拾い子かの理恵は、父が家を出ていき、若い母が家事と育児に奔走する貧しい家庭で過ごし、少女の頃から歳の離れた弟妹たちの面倒を見て暮らし、友達はおらず、好きな学校も家庭のために泣く泣く諦め、ということを経るうちに、言葉を発するのが怖くなったのか、言葉を発することができなくなった。
誰とも話せず、誰とも分かり合えず、17歳くらいで家を出て、川沿いの夜道を歩き、寒さに震え、涙を流し、何度も何度も川に飛び込んで自殺しようかと考えた。それでも何とか生き抜いたようだった。
20歳くらいで街を離れ、一人で暮らしていた。友達もおらず恋人はおらず結婚もせず子どもいなかった。必要最小限しか外に出ず、話さなかった。先生が「30歳になってください。」と言った瞬間、何にも見えなくなった。いくら見ようとしても真っ暗で、どんなビジョンも出てこなかった。つまり、20代で死んだのだろう。
以上。
私の前世療法、そして前世に対する興味、これにて終了。
感想としては、前世があるなしに関係なく、見えるビジョンは、ある程度恣意的なものなんだな、と。おススメするかと訊かれたら、あれが1万円ならする。が、35000円プラス税は高すぎるな、という印象。まあ、絶対、話のネタにはなるので、ネタが欲しい方には良いのではないか。
私みたいに、芸能人が催眠にかかって前世について饒舌に話す動画を信じてしまうピュアすぎる人は、一生行かないでヴェールに包まれた存在として美化しておくか、もしくは早々に行ってどんなもんか分かるかのどっちかが良いのではないか、と個人的には思う。いずれにせよ、日本のヒプノセラピー第一人者と呼ばれる福岡のあの先生は、御年80なので、行きたい方は急がれることを。